2011年9月17日土曜日

日本のフォークソングの歴史・昭和のフォーク●遠藤賢司の「カレーライス」「満足できるかな?」「夜汽車のブルース」

遠藤賢司。

ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」に触発され、自身も歌とギターを始め、1960年代後半のフォークシーンで頭角を現すようになる。

高田渡、南正人らと東京でアマチュアシンガーとして交流。

1968年8月、京都・山崎の宝寺で開催された「第3回フォークキャンプ」に初めて参加し、高石ともや、五つの赤い風船、加川良、ザ・フォーク・クルセダーズ、関西フォークの人々と知り合う。


カレーライスが好きで、渋谷に自分でカレーライスのお店も出していた。

また猫も大好きで、自分が飼っている猫に「寝図美」(ねずみ)という名前をつけている。


浦沢直樹『20世紀少年』の主人公の名前(遠藤健児)はこのフォークシンガーの名前からつけたと、僕は密かに勝手に思っている。


僕が初めて聴いた遠藤賢司の曲は従兄弟がLPから聞かせてくれた名作「カレーライス」(1970年)だ。

http://www.youtube.com/watch?v=ofvwA6yLVVg

この曲の詩に出てくる「お腹を切った人」は、そう、三島由紀夫だ。



こういう「四畳半」的フォークソングを歌うと同時に、ロック調の「夜汽車のブルース」やハチャメチャな「満足できるかな?」も歌っている。



「夜汽車のブルース」

http://www.youtube.com/watch?v=zcu1o3ynyIg



「満足できるかな?」

http://www.youtube.com/watch?v=ZmGY0iALn1A


こういうパワフルま歌も僕は大好きだ。


そして、僕が一番好きなのが「踊ろうよベイビー」

http://www.youtube.com/watch?v=4kzdm-JrzcQ



きみも僕と一緒に踊ろないか?


まだまだ一部の人にしか支持を得ていなかったフォークソングの時代の隠れた名作が多い遠藤賢司だ。




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